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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10627号 判決

原告

岩渕潔

被告

小野政勝

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金九万円およびこれに対する昭和四四年一〇月八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

被告らは原告に対し九二万六〇三〇円およびこれに対する昭和四四年一〇月八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、請求の原因

一、事故の発生

昭和四三年一二月一五日午後四時四〇分ごろ東京都文京区千駄木三丁目二番六号先道路上において、被告政勝運転のトヨペツトコロナ

(練馬五み二〇〇七号、以下加害車という。)と原告運転のホンダスポーツカブ(北区七二二七号、以下被害車という。)とが衝突し、その結果原告が右下腿開放骨折の傷害を負つた。

二、責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告政雄は、割烹魚新を経営するものであるが、加害車を右業務用に使用し自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告政勝は、事故発生につき、対向車である被害車を十分避けられる地点で発見しながら左にハンドルを切らなかつた過失があつたから、民法七〇九条による責任。

三、損害

(一)  治療関係費 四五万六〇三〇円

原告は、前記傷害の治療のため、昭和四三年一二月一五日から昭和四四年三月二〇日まで日本医科大学附属病院に入院し、退院後同年九月三日まで通院したが、その間次のような費用の出捐を余儀なくされた。

1 入院治療費 四三万円

2 通院治療費 一万七六三〇円

3 通院交通費 八四〇〇円

(二)  休業損害 七五万円

原告は、使用人二名を雇傭して装飾品の製造販売業を営み、月平均一二万円の収益をあげていたが、前記治療に伴い、昭和四三年一二月一五日から昭和四四年七月三一日まで休業し、その間少なくとも七五万円の休業損害を受けた。

(三)  慰藉料 一五万円

原告の前記傷害による精神的苦痛を慰藉すべき額は一五万円が相当である。

(四)  損害の填補 四三万円

以上の損害額合計一三五万六〇三〇円のうち四三万円は強制保険金により填補済みである。

四、結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し九二万六〇三〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一〇月八日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの事実主張

一、請求原因に対する答弁

第一項記載の事実のうち、原告主張の日時、場所において加害車と被害車とが衝突し、原告が傷害を負つたことは認めるが、傷害の部位、程度は不知。

第二項の(一)記載の事実は認めるが、(二)記載の事実は否認する。

第三項の(一)ないし(三)記載の事実は不知、(四)記載の事実は認める。

二、事故態様に関する主張

本件事故は、原告が勾配の急な上り坂(団子坂)を上つてきた余勢をかつて、交差道路(大観音通り)の交通状態を見極めることなく、同一速度で急角度に右折したために発生したものであつて、原告の右運転行為は道交法三四条二項所定の徐行義務に違反する。原告が右折を開始した当時、被告政勝は、右交差点に差掛つていたため徐行中であり、被害車の進出と同時にブレーキをかけ、衝突直前に停止したのであつて、下り坂であるためハンドル操作によつて衝突を避けることは不可能であつた。

三、免責の抗弁

右のとおりであつて、被告政勝には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに原告の過失によるものである。また、被告政雄には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の缺陥も機能の障害もなかつたのであるから、同被告は自賠法三条但書により免責される。

第四、抗弁に対する答弁

被告政勝の無過失を否認する。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生

原告主張の日時、場所において加害車と被害車とが衝突し、原告が傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は右下腿開放骨折の傷害を負つたものと認められる。

二、責任原因

(一)  被告政雄の運行供用者責任

請求原因第二項の(一)記載の事実は原告と被告政雄との間で争いがなく、後記のとおり、本件事故の発生については被告政勝に過失があつたものと認められる以上、被告政雄主張の免責の抗弁は、その余を判断するまでもなく失当であるから、同被告は、自賠法三条により本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  被告政勝の不法行為者責任

〔証拠略〕によれば、事故発生の状況について次のような事実が認められる。

1  事故現場附近は、歩車道の区別のない幅員八・一メートル(両側に電柱があるため有効幅員は約七メートル)の南北に通ずる舗装道路で、南から北へかなり勾配の急な上り坂になつているが、見とおしは良好である。指定最高速度は時速三〇キロメートルで、センターラインの標示はなく、事故現場の南約一五メートル先で幅員の広い道路と直角に交差している。

2  被告政勝は、加害車を運転し、右坂道の中央から約一〇センチメートル左の部分をブレーキ・ペダルに足をかけて時速約二〇キロメートルで下る途中、自車の進路前方約一五メートル地点に被害車が対向接近してくるのを発見し、危険を感じて急ブレーキをかけた。その結果、加害車は約三メートル直進して停止したが、停止と同時に右前部附近を被害車の右中央部に衝突させ、被害車を約一メートル右前方に転倒させた。

3  被害車を運転し、右交差点を時速約三〇キロメートルで右折して右坂道に同一速度で進入した原告は、加害車との距離が約五メートルに近接してはじめてこれに気付き、あわてて左にハンドルをきつたが及ばず、道路の中央から約一〇センチメートル右の部分で加害車に衝突した。

以上のとおりであつて、右認定に反する〔証拠略〕中衝突地点に関する供述部分は、〔証拠略〕から認められる被害車が転倒した際についた擦過痕の位置に照して採用できず、また、〔証拠略〕中被害車の速度に関する供述部分は、被害車の前記転倒地点に照して同じく採用できない。

以上の事実によると、本件事故は、加害車の進路である道路の中央から左の部分で発生したものであつて、原告に後記のような重過失があつたことは否定しうべきもないが、被告政勝としても、前方の交差点で右折した被害車が自車の進路上を進行し容易に右側に転じそうにないことを発見したのであるから、警音器を鳴らして原告に注意を促すとともに、できるだけ道路の左端に避譲して安全にすれ違えるような措置を講ずべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、被害車の直前で漫然停止した過失があつたものと認められる(被告政勝は、道路左端に建築材料が置いてあつたため左に寄ることが困難であつた旨供述するが、本件事故の発生は加害車が左に数十センチメートル避譲すれば十分回避できたのであつて、加害車の車幅が約一・五メートルであることを考慮すると、右供述は、右程度の余裕すらなかつたことを証明するものとしては十分でない)。

よつて、被告政勝は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  治療関係費

〔証拠略〕によれば、原告は、前記傷害の治療のため、日本医科大学附属病院に昭和四三年一二月一五日から昭和四四年三月二〇日までの九六日間入院し、退院後同年九月二日までの間に一九回通院して機能訓練を受け、その結果、入院治療費四三万円、通院治療費および診断書代合計一万八二一〇円、通院交通費八四〇〇円の支出を要し、同額の損害を受けたことが認められる。

(二)  休業損害

〔証拠略〕によれば、原告は、昭和一五年一〇月七日生れの男子であるが、約一〇年程ブローチ等の装身具の製造販売業務に従事した後、本件事故の約一年前に独立し、以来従業員二名を使用して右製造販売業を営んでいること、事業開始直後の年度である昭和四二年度の所得は、事故発生後の昭和四四年三月一五日になした所得税の確定申告によると、収入が一四四万九四六九円、必要経費が九一万二二一五円、所得が五三万七二五四円であることが認められ、以上の事実を総合すると、原告の稼働能力は一か月五万円程度と認められるところ、〔証拠略〕によれば、原告は、前記の治療に伴い、事故発生後昭和四四年七月三一日までの七・五か月間稼働できなかつたことが認められる。

そこで、以上の事実に基づいて原告の休業損害を算定すると三七万五〇〇〇円となる。

(三)  過失相殺

前記認定事実によると、本件事故の発生については、原告にも、道路の中央から右の部分を走行し、かつ、前方注視義務を怠つた重大な過失が認められるから、賠償額の算定にあたり右過失を治療関係費については約三〇パーセント方、休業損害については約八〇パーセント方斟酌すると、結局被告らにおいて賠償すべき財産的損害の合計額は四〇万円となる。

(四)  慰藉料

前記傷害によつて受けた原告の精神的苦痛を慰謝すべき額は、事故態様、入、通院期間等の前記諸事情に鑑み、一二万円をもつて相当と認める。

(五)  損害の填補

請求原因第三項の(四)は当事者間に争いがない。そこで、以上の損害賠償額の合計五二万円から四三万円を控除する。

四、結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し九万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一〇月八日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

よつて、本訴請求中理由のある部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小長光馨一)

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